がん患者さんのお金の相談をFPが行う理由
ある講演会終了後の質疑応答で参加者から発せられた言葉です。
「病院には医療ソーシャルワーカー※がいるから、家計のことも習得すれば良いのでは」
事情を知らない方なら仕方が無いと思いきや、これは医療従事者からの発言でした。
(医療現場ではない職場での勤務とのことでしたが…)
※医療ソーシャルワーカー・・・社会福祉士資格など国家資格を有する方の中で医療機関で働いている人たちのこと。メディカルソーシャルワーカー(MSW)とも呼ばれている。がん診療連携拠点病院にはがん相談支援センターがあり、医療ソーシャルワーカーが相談員として相談対応している
私自身、看護師としていくつかの病院での経験があるので、「患者さんがお金で困ったときにはとにかく医療ソーシャルワーカーに連携」という認識でいました。
しかしFPとしていくつもの病院や医療者と関わる中で、この認識こそが今の多様な相談ニーズの時代にはそぐわないと気づきました。
本業は患者さんやご家族への支援ではありますが、病院での医療ソーシャルワーカーの負担も同時に考えていかないことには全体的な患者さんの経済面の問題解決にはなりませんので、今回は多くの病院を見てきたFPの視点でがん相談支援センターのお金の相談に対する声やFPの専門性について考えを述べたいと思います。
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とても広範囲にわたる、がん相談支援センターの業務
がんになると、治療のこと、身体のこと、生活のこと、家族のことなど様々な悩みが生じます。
その悩みの一つ一つに、がん相談支援センターの相談員の皆さんは丁寧に相談対応されています。
たくさんある相談の中の「●療養生活、制度やサービス」の中に、医療費のこと、制度のことが含まれており、高額療養費制度や傷病手当金、障害年金といった説明が含まれています。
しかし、ここには傷病手当金で収入が減ったときの医療費の捻出方法や住宅ローンの支払い方、お子さんの教育費の準備方法などは含まれていません。
患者さんの視点からすると、「治療費も住宅ローンも全て同じ財布から出しているのに、なぜ一ヶ所で相談ができないのか?」と思われるかもしれません。
冒頭の医療従事者の質問にもありましたように、世間一般では同じお金のことだからがん相談支援センターの相談員が家計の部分も行えば良いと思われがちですが、そうもいかない事情があります。
がん相談支援センターで家計相談が難しい理由
研修内容での定め
「がん相談支援センター相談員研修」からも、元々がん相談支援センターの相談員研修の中では、患者さんのお金の部分については、「がん患者と家族が持つ社会的・経済的問題を解決するために有用である社会資源の種類とそれらの特徴を紹介する。また、具体的事例を紹介するとともに、社会資源の利用を推奨する際の留意点について解説する。」と書かれています。
社会資源の利用については専門的に学んでいますが、患者さんの私的なお金に関するアドバイス内容(いわゆる家計内容)は研修内容において元々専門外であることがわかります。
現状、大変な広範囲にわたる相談対応をしている中で、専門外のことまでというのは酷なことだと思いませんか。
時間が足りない
一人ひとりの患者さんやご家族の理解力に合わせた複雑な社会資源の説明を行うだけでも通常30分は時間を要します。不安を受け止めつつ、他の広範囲にわたる相談を含めると時間が足りないという声を多く聞きます。
家計相談に必要な知識というのは、社会資源とはまた違う情報が必要ですので、例えば住宅ローンの相談を行うにはヒアリングを行い、適切なアドバイスを行うためには、どんなに簡略化しても30分は時間が必要となります。
患者さんからすると、体力的にも精神的にも長時間の説明を一度に受けるのは難しいことは安易に想像できます。
相談員からも、限られた人員で一人当たりの患者さんの対応時間内に専門外のことまで行える余裕が無いという声を多く聞きます。
説明責任のリスクが大きい
「家計の内容は専門家であるFPに」というお考えをお持ちのがん相談支援センター相談員の皆さんに共通しているのが「誰が説明するか」を重要視している点なのかなと感じています。
制度やお金の情報というのは、個別具体性が大きく、同じ相談内容でも相談者の背景によってアドバイス内容が全く異なります。
相談者からのヒアリングが不十分であったり、知識不足からの異なるアドバイスにより、相談者の意向に沿えなかった結果、患者さんやご家族から訴えられたり、連絡が途絶えてしまったケースを多く見てきました。
「がん患者が、住宅ローンの支払いに困った時にしてはいけないこと」でもお伝えしましたが、住宅ローンに困っている患者さんに対して、お金の全体像が見えない状態で「銀行に相談に行ってください」と伝えることは、患者さんとその家族の人生を変えてしまうことにもなりかねません。
住宅ローンだとわかりにくいかもしれませんが、腹痛を例にすると、「婦人科系、消化器系、泌尿器科系の精査をせずに大腸が原因と判断し、手術をしてしまった」という感じです。
住宅ローン=銀行ではなく、住宅ローン以外のお金の情報も精査してからでないと、銀行に行くことが良い判断とは言えないということです。
そのため知識を習得した専門家であるFPが丁寧にヒアリングして解決方法を一緒に考えていく必要があります。
「FPの資格を取った医療ソーシャルワーカーであれば説明できるのでは?」と聞かれることもしばしばありますが、医療ソーシャルワーカーが誰よりも患者さんに寄り添って様々なお悩みに対応しているように、どんな職業においても専業での取り組みの情報量やご提供できるアドバイスの深さに勝るものはありません。
これが前述の「誰が説明するか」です。患者さんや家族にとって同じ事柄でもどの専門種が伝えるのかによって最大限の利益となるかどうかが変わります。
こういったリスクを抱えて幅広い相談をどこまで掘り下げて行うのか。ここは病院の考え方によって大きく変わります。
「誰一人取り残さない」国の計画と医療現場の実態とのズレ
今年の4月に、国の指定要件を定めた新整備指針が適用され、患者や家族が初診から治療開始までをめどに、必ず一度は病院のがん相談支援センターを訪問できる体制づくりが求められることになりました。
(「がん相談支援 進む整備 拠点病院が4月から新指針 悩み、苦痛に早くから対応」2023年6月20日東京新聞より)
現時点では、「(必ずしも具体的な相談を伴わない、場所等の確認も含む)することができる体制を整備することが望ましい」との補足事項も記載されていますが、今後国は相談支援センターの運営に力を入れていくことが予想されます。
この指針についてもいくつかのがん診療連携拠点病院に伺ったところ、前述のリスクに対する考えがきちんとされている病院ほど対応に苦慮しているという意見が聞かれました。
一人ひとりの患者さんに丁寧な対応を心掛けたいという思いがあるからこそ、全員の患者さんに対してどのように対応していけば良いのかという課題に追われているのだと考えられます。
相談対応は、病院によって様々です。統計になってしまうとわかりにくくなってしまうかと思いますが、実際に内容を伺うと、リスクを抱えながらの範囲まで行っているところもあれば、現状で手一杯のところまで様々です。共通して、時間をかけて丁寧に取り組んでいます。
がん治療に伴う経済毒性への取り組みは今後広まることが予想されます。そして今回の新整備指針により、さらに負担が増えるがん相談支援センターに対して、がん相談支援センター内だけではなく外部専門家との連携をうまく活用していただければと強く願います。
私、黒田は10年間の看護師経験を持ちながら、「高額療養費では解決できない、がん治療中のお金の悩み」が多くの患者さんにとって大きな負担であることを痛感してきました。FPのお金の知識を活用し、一人でも多くの方に安心した生活を提供したいという思いで、日々活動しています。
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筆者プロフィール
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10年間の看護師経験を活かしたFPとして、がん患者さん、ご家族専門に年間およそ180件の家計相談を行っています。
治療費捻出だけでなく、安心して治療が行えるための生活費や教育費、住居費の悩み解決を得意としています。
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