【高額療養費引き上げ問題】がん患者55人のアンケート結果でわかったこと
今回、がん患者さんとそのご家族を対象に、高額療養費の自己負担額の引き上げ案に関するアンケートを実施しました。
その結果、引き上げ案を検討している厚生労働省で出ている意見や検討内容が、患者さんの実態に十分に即していないのではないかと感じられる部分がありました。
アンケートの一部を紹介しながら、解説していきたいと思います。

がん患者さんのお金の専門家、看護師FP®としての今回の引き上げ案の懸念点に関する考えは「高額療養費の自己負担引き上げでがん患者が抱える不安と考えていきたいこと」に記載していますので、合わせてお読みください。
患者さんやご家族の皆さんへ
今回の引き上げ案に不安を抱える方からの相談が増えています。
一人で悩まずに、病院のがん相談支援センターや私たち患者支援に取り組んでいるFPに、今できる制度やお金の情報を確認してみてください。
「もっと早く知っておきたかった」とならないために、がんの制度やお金について情報収集を始める最適なタイミングは【治療方針が決まった時】です。
治療スケジュールが分かると、医療費だけでなく、制度や働き方、休職といった課題が具体的になります。
制度やお金のやりくりには即効性がないため、先回りして準備することが大切です。
- 1. アンケートの詳細
- 1.1. 年齢
- 2. 性別
- 3. がんの部位
- 4. 高額療養費の区分
- 5. 治療継続が困難な患者の切実な声と引き上げ検討現場との認識の隔たり
- 5.1. 厚生労働省の医療保険部会や厚生労働大臣の意見との隔たり
- 6. 多数回該当の引き上げ治療断念に与える影響について調査を行う必要性
- 7. がん治療と仕事の両立と医療費負担増加のジレンマ
- 8. 追い詰められる患者が直面する離婚や生活保護の選択
- 9. 患者の現実と政策のギャップを埋めるためのデータ作成に向けての今後の取り組み
- 9.1. このアンケートの活用について
- 10. 不安を感じている方へ無料相談会のご案内
- 11. 看護師FP®黒田の個別相談
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アンケートの詳細
集計期間:2024年12月27日~2025年1月17日
協力人数:55名
年齢

50代27名(49%)、40代21名(38%)30代4名、60代3名
性別

女性49名(89.1%)、男性6名(10.9%)
がんの部位

乳がん37名、卵巣がん4名、血液がん4名、肺がん2名、腎臓がん2名、大腸がん2名、肝臓がん・膵臓がん・甲状腺がん・十二指腸がん1名
高額療養費の区分

区分ア(年収約1,160万円以上):5名(9.1%)
区分イ(年収約770~1,160万円):7名(12.7%)
区分ウ(年収約370~770万円):24名(43.6%)
区分エ(年収~370万円):14名(25.5%)
区分オ(非課税世帯):1名(1.8%)
付加給付がある:4名(7.3%)
「引き上げは家計に響くので治療を続けることは家族に申し訳ないと思います。一方、子どもの世代の負担が増えることも心配です。」(40代女性、大腸がん、区分ア)
このように、高額療養費の自己負担額引き上げについてのつらさを訴える声が多く寄せられました。多くの方が、治療を続けることで家族に負担をかけてしまうことへの申し訳ないという気持ちや、次世代への負担増加への懸念を同時に抱いていることが分かります。
治療継続が困難な患者の切実な声と引き上げ検討現場との認識の隔たり
治療を断念せざるを得ない状況を示すキーワードとして、「継続困難」「治療を減らす」「今は何とか」「続けられない」「諦めざるを得ない」といった言葉が21件挙がっています。
「治療を続けられる自信がない」(50代女性、血液がん、区分ア)
「現在、仕事できない体調です。プラス三万の負担は厳しい。家族に負担増であれば治療やめるか回数を減らすつもりです」(50代女性、血液がん、区分ウ)
「寿命を縮めることになったとしても健常家族の生活が第一優先。セカンドラインのアベマシクリブ選択時期を後ろ倒しせざるをえない。」(40代女性、乳がん転移あり、区分ウ)
「再発防止のため分子標的薬を高額療養費の多数回該当で毎回¥44,400支払っています。体力の低下で毎日3時間パートをしていますが今でも大変なのに、改正により金額が上がってしまうとなると薬を諦めるしかないかもしれないと不安でいっぱいです。」(50代女性、乳がん、区分ウ)
「月の負担額が、現在より10万以上あがります。さすがに上げすぎです。治療を諦め、死を受け入れろと言われてるのと同じです。」(50代女性、乳がん、区分イ)
患者さんたちが抱える現実は非常に厳しく、高額療養費の引き上げによって治療を続けられなくなる不安や、家族に負担をかけることへの悩みが強く表れています。
また、昨今は共働きが主流となっており、「目には見えない困窮」が発生していると実感しています。たとえば、収入減や医療費の高さに加え、配偶者の収入があることで国や自治体からの支援が受けられず、それでも生活や治療のために踏ん張るしかないというご家庭が多いのが現状です。
一方で、こうした患者さんの切実な声が、医療保険部会の議論に十分反映されているとは言い難い状況があります。負担能力に関する理解や認識には、大きな隔たりがあると感じます。
厚生労働省の医療保険部会や厚生労働大臣の意見との隔たり
今回の高額療養費の自己負担引き上げに関しては、有識者から構成される社会保障審議会(医療保険部会)により検討されています。
医療保険部会では、「負担能力に応じた負担や試算モデルは非常に合理性のある考え方」との意見がある一方で、「多額の医療費がかかったときに家計がどうなっているのかを明らかにする必要がある」との意見も出ています。
また、高齢者や非課税世帯への負担の配慮や支援策がある一方で、厚生労働大臣は現役世代について以下のように発言しています。
「様々な疾患があり、それぞれ様々な団体があります。それぞれ患者一人ひとりにおかれた状況は皆様違うわけですので、そうした意味においては、それぞれの団体から説明を聞くというわけではなく、先ほども申しましたように、これまでの過去のデータ、そういったものを用いながら、影響が大きく出ないよう配慮しながら改革を行っていきたいと考えているところです。」(厚生労働大臣会見概要 令和7年1月10日)
ところが私が確認できた範囲では、用いられている家計データは総務省の家計調査のみであり、引き上げ案が患者さんの現状を十分に反映していないのではないかと疑問を感じています。

特に、収入が減少し、高額療養費が長期にわたることで家計のバランスが崩れている患者の声が反映されておらず、以下の点が課題と考えます。
- 健康な方が多い勤労者世帯の支出推移に基づいていること
- 高額療養費制度を利用している世帯のデータではなく、保険医療の支出割合が全体の0.4~1.6%にとどまっていること
- 治療中の収入減少や家計への影響が反映されていないこと
負担能力の判断が、どのようなデータや根拠に基づいて行われているのか、明確にすることが求められます。
多数回該当の引き上げ治療断念に与える影響について調査を行う必要性
長期抗がん剤治療に関連するキーワードとして、「エンドレス」「2年続く」「ずっと続く」といった言葉が10件挙がっています。これらの言葉は、再発転移やステージⅣの治療だけでなく、維持療法、再発予防のための長期治療を行っている、または行う予定の患者の声を反映しています。
「つい最近、再発転移が分かり経口抗がん剤を服用することとなり、初めて会計時に金額を見て、今後いつまで、この治療を続けていけるのかとても不安になりました。そこへ今回の引き上げ案……本当に辛いです。ちなみに、来春から子が大学進学です。」(50代女性、乳がん、区分ウ)
「私はステージ4ですから、治療もエンドレスです。治療を諦める=死、です。」(50代女性、乳がん、区分ウ)

11月28日第
187回社会保障審議会
医療保険部会
医療保険部会では、「年間ずっと多数回該当に該当し続けている方がどのくらいいるのか」という意見があり、それを受けて令和3年度の高額療養費の支給実績が資料として提示されました。
これを基に議論が行われた結果、2025年度予算の大臣折衝で示された「高額療養費の見直し(70歳以上)」では、多数回該当者の負担額が引き上げられる案が提示されています。

多数回該当者の全体数が少ないと判断された可能性はありますが、今回のアンケート結果における長期抗がん剤治療に関する意見の比率から考えても、多数回該当者の実態(治療期間や病名など)を把握するための調査が必要だと考えます。さらに、毎月継続が必要な治療を受ける患者における収入減の実態や、多数回該当の引き上げが治療断念に与える影響についても、早急に調査が求められます。
多数回該当の決定について、この案が調整される可能性は不確かですが、患者の生命に直結する重大な問題であることを踏まえれば、さらなる検討と対応が必要です。
がん治療と仕事の両立と医療費負担増加のジレンマ
「がん患者の雇用はがんと仕事の両立支援はあっても、保障される状態にはない」(30代女性、大腸がん、区分ウ)
「収入を上げてもスライドして上がるのであれば、本当に意味がないです。」(40代女性、乳がん、区分ウ)
国としてがん治療と仕事の両立支援に力を入れ、働き続けられ、収入が維持できるようになった患者さんにとって、頑張って働いた収入が高額療養費の引き上げにより手元に残らなくなる矛盾についての声も挙がっています。
追い詰められる患者が直面する離婚や生活保護の選択
CMLで治療中です。毎日の投薬で何とか生活を維持していますが、治療を断念せざるを得ない場合、いずれ急性期に移行し、最終的には移植しか方法が無くなります。この病気では移植の再発率が高く、医療費も投薬治療以上に莫大にかかることが予想されます。正直なところ、引き上げ額があまりにも大きくなり生活の維持が難しくなる場合、生命維持のために夫には会社を辞めてもらい、離婚して生活保護を申請するほうがよいのではないか、と考え始めています。」(50代男性、血液がん、区分イ)
「生きていくためのお金=治療費を稼ぐことであり、これ以上負担が上がると、副作用や体調不良で働く限度がある中で、生き地獄となります。治療も諦める日も来ると思います。こんなことなら、生活保護を受けて治療した方が気持ちも体も楽になれるのでは。」(40代女性、乳がん、区分オ)
現在でも、高額療養費にギリギリ達しない高額な抗がん剤を使用している方からは、離婚や世帯分離、生活保護、所得隠しといった声が聞かれています。こうした状況の中で、FPとして患者さんやご家族に長期的・総合的な視点からデメリットやそもそも行えないこともあるといったことを伝え、思いとどまるよう支援しているケースもあります。
このような意見は収入に関係なく集まっており、多数回該当や収入減に対する対応がないと、患者さんや家族が追い詰められてしまうことで、このような状況が急増することが容易に想像できます。
患者の現実と政策のギャップを埋めるためのデータ作成に向けての今後の取り組み
現在、全国がん患者団体連合会(全がん連)では、高額療養費の自己負担額引き上げに関するアンケートを実施しています。この取り組みは、政府や国会議員に患者の声を届ける上で非常に重要であり、私も強く賛同します。(アンケート一次募集は1/19の17時で終了しています)
患者さんたちの「大変」という思いは確かに重要です。しかし、厚労省の資料ではがん罹患前の収入を基に議論が進められているため、がん罹患後の家計に関するエビデンスが不足している現状では、議論が平行線を辿る可能性があります。
そこで、私はがん患者さんのお金の専門家として、これまでに確認した情報を基に、エビデンスとなり得るデータの作成に着手しています。今回の件では、単に医療費だけでなく、就労状況、生活、家族構成、資産負債、収支といった多角的な情報が必要です。これらのデータをどのように集約し、明確に提示するかが、今後の大きな課題だと考えています。

がん患者さんのお金の専門家、看護師FP®としての今回の引き上げ案の懸念点に関する考えは「高額療養費の自己負担引き上げでがん患者が抱える不安と考えていきたいこと」に記載していますので、合わせてお読みください。
このアンケートの活用について
このアンケートにあたり、ご協力いただいた皆さんに希望とすることもお聞きしておりました。(複数回答可)

今回の高額療養費の引き上げ案に関しての詳しい説明:22名(40.7%)
高額療養費制度以外に使える制度の案内:38名(70.8%)
医療費にまわせるお金の情報:28名(51.9%)
報道や医療現場、学会などで、医療費負担の実情に関する情報発信、提言:30名(55.6%)
患者さんやご家族への支援のために今後も活用させていただくとともに、このアンケート結果は現在執筆中の書籍への掲載や、関心の高い医療従事者や報道関係者、患者支援団体にも一部共有し、今後の提言に向けた活動にも活用させていただきます。
ご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございました。
不安を感じている方へ無料相談会のご案内
私が代表を務める一般社団法人患者家計サポート協会では、医療費制度やお金の無料相談会を開催しています。
医療費に関しては、無料相談会で一緒に考えていくこともできますので、お気軽にご利用いただければと思います。
看護師FP®黒田の個別相談
私、黒田は10年間の看護師経験を持ちながら、「高額療養費では解決できない、がん治療中のお金の悩み」が多くの患者さんにとって大きな負担であることを痛感してきました。FPのお金の知識を活用し、一人でも多くの方に安心した生活を提供したいという思いで、日々活動しています。
一緒にお金の悩みを解決しませんか?
家計相談のご案内
治療費の不安を解消したい方に向けて、マンツーマンで行うオーダーメイド家計相談を行っています。
- 完全予約制で毎月新規の受付は3名限定です
- 継続相談が多いため、早めのご予約をおすすめします。
- 今月の枠が埋まっている場合でも、来月のご案内を優先的にさせていただきます。
筆者プロフィール

- がん患者さんのお金の専門家 看護師FP®
-
10年間の看護師経験を活かしたFPとして、がん患者さん、ご家族専門に年間およそ180件の家計相談を行っています。
治療費捻出だけでなく、安心して治療が行えるための生活費や教育費、住居費の悩み解決を得意としています。
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書籍:「がんになったら知っておきたいお金の話 看護師FPが授ける家計、制度、就労の知恵」(日経メディカル開発)
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